正直に言うと、今日はブログに何を書くか決まっていなかった。
正直に言うと、今日はブログに何を書くか決まっていなかった。
ネタ帳を開いても真っ白。
ニュースを見ても「これを書きたい」と思えるほどの熱は湧かない。
サウナにも行っていない。
特別な出来事もない。
「今日は休もうかな」
そんな言葉が、何度も頭をよぎった。
でも結局、こうしてパソコンを開いている。
理由はシンプルで、ここで書くのをやめたら、たぶん二度と“今日”は書かないからだ。
40代になると「何もない日」が増える
20代、30代の頃は、
何かしら毎日イベントがあった気がする。
仕事のトラブル、飲み会、恋愛、無茶な挑戦。
良くも悪くも、感情が大きく揺れていた。
でも40代になると違う。
生活は安定する代わりに、
劇的な出来事は減る。
仕事と家庭の往復。
体力は確実に落ちてきて、
「今日は疲れてるからやめておこう」が増える。
何も起きない。
平和だけど、ネタがない。
そして、ふと思う。
「この何もない毎日を、誰が読むんだろう?」と。
ブログは“調子のいい日”のためにあるんじゃない
正直に言えば、
アクセスが伸びる記事はだいたい決まっている。
・話題性がある
・数字が入っている
・みんなが気になっているテーマ
そういう記事を書けば、反応はある。
でも、今日みたいな日は違う。
何も起きていない日の自分が、そこにいるだけだ。
それでも思う。
ブログって、本来こういう日のためにあるんじゃないか、と。
テンションが高い日だけ切り取っていたら、
それはもう“自分の記録”じゃなくなる。
サウナに行かない日も、人生には必要だった
このブログは「40代サウナ好き」と名乗っている。
でも今日は、サウナに行っていない。
以前なら
「サウナに行ってないのに書いていいのか?」
そんな迷いもあった。
でも最近は、少し考えが変わった。
サウナに行かない日があるから、
行った日のありがたさがわかる。
無理に“好き”を続けると、
それは義務になる。
40代になって気づいたのは、
好きなものとも、ちょうどいい距離が必要だということだ。
クラロワも、ブログも、結局は同じ
クラロワでもそうだ。
調子がいい日は、何も考えずに勝てる。
でも調子が悪い日は、
一手一手を慎重に打たないと、すぐに負ける。
ブログも同じ。
ノっている日は、文字が勝手に出てくる。
でも今日は違う。
だからこそ、
「今日は何も思いつかない」
その事実から書き始めた。
これも立派な一手だと思っている。
誰かの“今日”に、そっと重なればいい
この文章を読んでいる人の中にも、
きっといると思う。
・今日は何もなかった人
・やる気が出なかった人
・それでも一日を終えようとしている人
そんな人に、
「自分だけじゃないんだ」と思ってもらえたら、
このブログは役目を果たしている。
バズらなくていい。
完璧じゃなくていい。
今日も書いた。
それだけで十分な日もある。
明日、またサウナに行けばいい
今日は書いただけ。
それでいい。
明日、気が向いたらサウナに行けばいい。
行かなければ、また別のことを書けばいい。
このブログは、
「正解を書く場所」じゃなく
40代を生き抜く途中経過を書く場所だから。
何もない日を、なかったことにしないために
正直に言うと、今日はブログに何を書くか決まっていなかった。
でも今は、こうして3000文字近く書いている。
不思議なものだ。
書き始めてしまえば、
“今日”はちゃんと形になった。
だからもし、
今日の自分が昨日より少しだけ前に進んでいるとしたら、
それは「やめなかった」からだと思う。
今日も、ここまで読んでくれてありがとうございます。
また次の記事で。