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今年の成人式を見て思った。「大人になる」とは、こんなにも曖昧だったのか

成人式

今年も成人式の季節がやってきた。
華やかな振袖、真新しいスーツ、久しぶりの再会、そして必ずと言っていいほど流れてくるSNS上の賛否両論。

「今年の成人式、荒れてたな」
「また非常識な新成人が…」
「いや、若者を叩きすぎじゃない?」

そんな声が、毎年同じようにタイムラインを埋め尽くす。
それでも不思議なことに、成人式というイベントは、批判されながらも一度も“なくなれ”とは言われない。

なぜなのか。
今年の成人式を見て、改めて考えさせられた。


成人式は、もはや“儀式”ではなく“鏡”になっている

成人式は、本来「大人になることを祝う場」だった。
だが、今は違う。

今年の成人式を見て感じたのは、
成人式は“若者を見る場”ではなく、“社会の本音が映る鏡”になっているということだ。

・騒ぐ若者を見ると腹が立つ
・自由に楽しむ姿が羨ましい
・自分の若い頃と比べてしまう
・「大人とは何か」を説明できない自分に気づく

SNSで怒っている人ほど、実は成人式そのものではなく、
「自分の価値観が揺さぶられること」に反応しているように見える。


今年の成人式が“例年と違って見えた理由”

今年の成人式には、ある特徴があった。

それは、
派手さと冷静さが同時に存在していたことだ。

目立つ行動をする新成人は、確かにいた。
しかしその一方で、

SNSに載せる前提で節度を保つ
・炎上を理解した上で“ギリギリ”を攻める
・大人の反応をどこか冷めた目で見ている

そんな空気も、はっきりと感じられた。

彼らは無邪気なのではない。
むしろ、想像以上に“社会を分かった上で”振る舞っている


「大人になる」という言葉が、あまりにも空っぽになっている

成人式で毎年聞くフレーズがある。

「もう大人なんだから」

では聞きたい。
大人とは、何なのか。

・我慢できる人?
・責任を取れる人?
・空気を読める人?
・感情を出さない人?

どれも正しいようで、どれも曖昧だ。

今年の成人式を見て強く思ったのは、
大人側が“大人の定義”を語れなくなっているという事実だった。

だからこそ、若者の行動に腹が立つ。
説明できない違和感を、「常識」や「マナー」という言葉で片付けてしまう。


本当に問題なのは、新成人なのか?

騒ぐ新成人は、毎年いる。
だが、それは今年に始まったことではない。

違うのは、
それを“全国規模で拡散し、評価し、叩く環境”が完成したことだ。

・一部の行動が、全体の代表になる
・面白い方が拡散される
・怒りの方が共感されやすい

今年の成人式は、
「若者が問題なのではなく、社会の視線が過剰になった結果」
そう感じさせる出来事が多かった。


成人式で騒ぐ若者より、怖いもの

正直に言うと、
成人式で騒ぐ若者より、私が怖いと感じたものがある。

それは、
**一斉に同じ方向を向いて叩く“大人の正義感”**だ。

・自分は絶対に正しい
・相手の事情を想像しない
・怒る理由を誰かに委ねる

今年の成人式は、
「大人になるとは、感情を制御することではなく、
 他人の立場を想像できることなのではないか」
そんな問いを突きつけてきた。


成人式は、通過点でしかない

成人式の日に、人生が変わるわけではない。
騒いだ人がダメになるわけでも、
真面目だった人が成功するわけでもない。

ただ一つ確かなのは、
成人式は“スタート”でも“ゴール”でもなく、ただの通過点だということ。

だからこそ、大人は完璧である必要はない。
若者も、理想通りである必要はない。


今年の成人式が教えてくれたこと

今年の成人式を見て、最後に残った感情はこれだった。

「大人になることは、完成することではない」

迷いながら、失敗しながら、
時には叩かれながら、少しずつ学んでいく。

それは、20歳だけでなく、
40代になっても、50代になっても続いている。

だからこそ、
今年成人を迎えた人たちには、こう伝えたい。

「正解を急がなくていい。
 大人は、今もまだ迷っている。」


追伸

今年の成人式を見て、
あなたは何を感じただろうか。

怒り、呆れ、羨ましさ、懐かしさ。
どんな感情も、きっと間違っていない。

ただ一つ言えるのは、
成人式は“若者のための行事”であると同時に、“大人が自分を見直す日”でもあるということだ。