40代からの思考アップデート

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本厄の年に厄払いへ行って気づいたこと|不安を消す儀式ではなく「自分を整える時間」だった

今年、自分は本厄の年です。


年が明けてから、「本厄」という 言葉を意識するようになりました。
正直に言えば、最初はそこまで深刻に受け止めていませんでした。
厄年というものを、どこか他人事のように感じていたからです。


ただ、年齢を重ねるにつれて、
何かが崩れた時に立て直す大変さを、以前より強く感じるようになりました。
体調の小さな不調や、気持ちの揺らぎが、そのまま日常に影響することも増えています。


だから今年は、
きちんと厄払いを受けようと決めました。


今日、神社へ行き、厄払いを受けてきました。
境内に入った瞬間、空気が少し変わったように感じました。
気のせいかもしれませんが、
普段抱えているざわついた感覚が、少しだけ静まった気がしました。
受付を済ませ、厄払いの祈祷へ進み、
厄払い神楽も受けました。


太鼓の音、鈴の音、祝詞の声。
どれも派手ではありませんが、不思議と心に残ります。
その場に座っているうちに、気持ちが少しずつ落ち着いていきました。


その時に感じたのは、
厄払いとは、厄を消す行為というより、自分に区切りをつける時間なのかもしれない
ということです。


これから先、何も起きない保証はありません。
不調やトラブルを完全に防げるわけでもない。
それでも、ちゃんと向き合う準備をすることはできる。
そう思えました。
祈祷が終わり、厄除守りを授かりました。


小さなお守りですが、手に取った時に、
少し安心する自分がいました。
「これで大丈夫」というより、
一人で抱え込まなくていいと思えたことが大きかったです。


その後、参拝も行いました。


お願いしたことは、とてもシンプルでした。
大きな幸運はいらないので、無事に一年を過ごせますように。


若い頃なら、もっと欲張った願い事をしていたと思います。
仕事の成功、結果、評価。
でも今は、
無理をしすぎないこと
調子が悪い時に立ち止まれること
それが一番大切だと感じています。


本厄という言葉には、どうしても
「怖い年」「何か起きる年」という印象があります。
ですが今日一日を通して感じたのは、
本厄は警告ではなく、自分を見直すための合図なのかもしれない
ということでした。


調子に乗りすぎていないか。
無理を続けていないか。
休むべきところで、きちんと休めているか。
そうしたことを意識して過ごす一年にしようと思います。


厄払いを受けたからといって、
すべてがうまくいくわけではありません。
むしろ、何も起きない日が続くかもしれない。


でも、その何も起きない日を大切にできるかどうかが、
この一年の過ごし方を決めるのだと思います。
神社を後にする時、
少し肩の力が抜けている自分に気づきました。


気合が入ったわけでも、
前向きになりすぎたわけでもありません。
ただ、
今年は慎重にいこうと、静かに思えました。


それで十分だと思います。


本厄だからといって、怯えすぎる必要はありません。
ですが、軽く見ていいものでもない。


今日、厄払いを受けたことで、
自分を大切に扱う一年にしようと決めることができました。


大きな挑戦よりも安定を。
無理な前進よりも、崩れない歩き方を。


この一年が終わった時、
何も起きなかったなと言えることが、
一番の成果なのだと思います。
本厄の一年。
静かに、丁寧に、過ごしていきます。